2006年リリースされた、2代目のBMW miniのエンジンは、従来のトライテック(ブラジル)製のエンジンから、BMWとフランスのPSAグループとの共同開発による新型エンジン(コードネームPrince)シリーズに置き換えが話題となった。また二代目BMW miniクーパーにはディーゼルエンジンを搭載したモデルが予定され、こちらも各方面から注目を集めた。
かねてより話題となっていたBMW miniクーパーのディーゼル仕様車は、2007年4月になって、英国でBMW miniクーパーディーゼルモデルの発売が開始され、「Cooper D」とネーミングされている。
BMW miniクーパーのディーゼルエンジン搭載車「Cooper D」には、最高出力110ps発生する、PSAグループ直列4気筒1600ccターボディーゼル搭載されている。過給器装備のこのディーゼルエンジン、最高出力110PS、最大トルクは24.5kgmと、ガソリン1600と比較しても見劣りののないスペックを発揮する。
BMW miniクーパー「Cooper」に搭載される、バルブトロニック採用の非過給ガソリンエンジンが同じく1600ccで、120psを発していることから考えても、このスペックはりっぱなものだ。
実際、BMW miniクーパー ディーゼルエンジンモデルは最高速は195km/hにも達し、数値以上の運動性能と考えてよさそうだ。
なお、BMWminiクーパーディーゼル仕様は、追い越し時など瞬間的にトルクが2kg-m増強できる、オーバーブースト機構を備えている。
ミニクーパーとは、アレック・イシゴニス設計による、小型車「mini」のスポーツバージョン。現在の「MINI」ブランド所有会社BMWにあっても、「MINI」というモデルは生産されており、BMWミニにも「クーパー」「クーパーS」のモデル設定がある。
ミニクーパーの発端は、設計者A・イシゴニスの友人である、クーパー・カー・カンパニーの経営者ジョン・クーパーの慧眼にある。クーパーはMiniの高い潜在能力を見抜き、何回かの実験とテスト走行を実施した後、イシゴニスと共同でミニクーパーを作り上げる。そして、1962年にはオースチンとモーリス・ミニ・クーパーが発表された。
元祖「ミニクーパー」といえるこのモデルには、通常版NINIに搭載された848ccのエンジンを997ccまでスープアップし55馬力を発揮するエンジンを搭載し、レース向けのチューニングが施されていた。キャブレターにはSU型ツイン・キャブレターを装着し、当時の大衆車には珍しいディスクブレーキが装備されている。
その後、997ccのエンジンからショートストロークの998ccのモデルに換装され、変更され、
以降、1967年にクーパーモデルの生産が終了するまでに、この初代ミニクーパーは合計12,274台が販売され、その間、1964年、1965年、1967年のモンテカルロ・ラリーで総合優勝している。
1963年にはよりパワフルなミニ・クーパーSモデルが発表されている。クーパーSでは、エンジンの燃焼室は1071ccまで高められ、ディスクブレーキも大型化された。ミニクーパーSは、1964年8月の生産終了までに合計4,030台が生産された。
次世代のミニクーパーとして、J・クーパーはサーキット・レーシング向けに特化した二つのモデル、970ccと1275cc搭載のモデルを新たに開発するが、結局、970ccモデルは不人気に終わり、963台の生産実績を残し1965年には生産終了となっている。
一方、1275ccのクーパーSモデルは人気も高く、1971年には生産終了までに合計40,000台以上を出荷している。
「クーパー」を冠したモデルはその後も作られているが、「最後の」のミニクーパーは、1992年から生産されたモデルで、1271ccエンジンにはインジェクションが装着された。
また、1997年にはマルチポイントインジェクションエンジンが導入され、ラジエーターが前向きに装着され、安全面での様々な改良が施された。
なお、1990年10月にはERA社による、ERAターボがリリースされているが、このモデルがミニ史上最強のエンジンである。
BMWはミニの生産開始にあたり、BMW社は英国オックスフォード近郊の旧ローバー社カウリー工場を本拠地とした。現地に、BMW Miniの生産を専門に行う子会社として、「BMW (UK) Manufacturing Ltd」を新たに設立している。同工場は「オックスフォード工場」として2001年4月から、BMW MINIの生産を開始。
オリジナルのMiniは1959 年にBMC傘下のオースチンとモーリス二社から発売されて以来、40年の間に、吸収合併など、統括企業を変えながら、2000年まで40年の長期間を生産販売された伝統のブランドである。
BMW社が1994年からローバー社を傘下に収めたところから、ミニに関する全ての権利を有するところとなり、オリジナルmini末期モデルの生産販売〜100%新設計のミニの開発とつながり、現在のBMW Miniに至っている
BMWグループは、傘下ブランドの、BMW、ロールスロイス、MINIの3ブランドを『プレミアム(Premium and nothing else)』と位置づけ、BMW MINIはプレミアムのスモール(small)を担う車として位置づけられている。
『premium』とはなんだかややこしい表現だが、要するに評価の高いBMW車のクオリティを、ミニのような大衆車にも展開するということらしい。
なお、BMW MINIは先代と異なりすべて大文字で表記される。つまり「MINI」。
BMW MINI(ビーエムダブリューミニ)というのは通称名のだ。ほかにも、ニュー MINI(ニューミニ)とよばれることも多いが、2007年に入ってモデルチェンジがされ、通称についてはさらに紛らわしい。もっとも、2代目と3代目の外観は、素人目にはほとんど同じなので、どうでもよいことなのかも?
BMW ミニ(ビーエムダブリューミニ)はオリジナルミニの面影を受け継ぎながらも、ちょっとユニークで、モダンな雰囲気に人気がある。オリジナルのミニがエンスージャスト御用達の感があったところ、BMWミニはごくごく普通のユーザーにも受けが良い。
そもそもMINIというブランドはBMWのブランドではなく、ご存じの通りで、英国BMCが創始したブランドである。「天才」アレックス・イシゴニスの作り上げた、このオリジナルMINIは、1959〜2000と長年生産されつづけ、総生産台数は一説によると5300000台だとか。
生産期間の長さ、生産台数、ともに記録もののレベルを持つ、MINIだが、ブランドを所有する会社、ライセンス供与などなど、商品としてのバックボーンも変化が大きい。紆余曲折の末、1994年にはMINIブランドは海を渡り、ドイツBMW社の配下に下った。
当時のBMW社長ベルント・ピシェッツリーダー(A・イシゴニスの甥)の下、BMWが経営不振のローバーグループを統括することになった際、MiniブランドもBMWの統括下となり、生産販売も同社の配下となる。同時にBMWでは、新型MINIのため、膨大な開発予算を計上し、開発を開始している。
一方、ローバーの経営は2000年になっても好転せず、BMW社はMGローバーのほとんどの部門を整理することを決定する。2000年10月最後のオリジナルミニが生産ラインを離れると同時に、40年の歴史に幕をおろした。
しかし、BMWは開発中であった新型のMINIプロジェクトは継続し、完成した車体に「MINI」というブランド名を与える。かくして、MINIブランドは復活した。これが新型の「MINI」、つまりBMWミニの初代である。
ちなみに、2007年1月、BMWはMINIの新型を発表し、BMWミニは早々と二代目となった。オリジナルのミニが40年生産されたことを考えると、ずいぶん早いモデルチェンジだが、日本車からみれば当たり前?